「ヒトラーの防具(上)」,帚木蓬生,新潮社

ヒトラーの防具(上) (新潮文庫)
時はベルリンの壁崩壊後である.その現代の主人公が,旧東ドイツで,剣道の胴着を見つける.それには,日本人の日記も一緒にあった.全く予想外のもので,その胴着には「ヒトラー閣下」と書かれている.ここから,その日記をドイツ語に訳すという話の展開で,時は1935年くらいに飛ぶ.

ここからはWWII前後の主人公として,香田に変わる.彼は,父をドイツ人,母を日本人とするハーフで,陸軍中尉である.ドイツ語に堪能なため,陸軍学校を卒業後すぐに,駐独武官事務所へ通訳として赴任する.激動するドイツを目の当たりにするわけだ.物語の冒頭で,ヒトラーに謁見して,最初に書いた剣道の胴着を渡す.

日々強まる弱者への圧力,ユダヤ人に対する圧力.生活が苦しくなってドイツ・ベルリンからどんどん出て行くユダヤ人がいる中で,ベルリンに残るユダヤ人もいる.今から考えると,「なにを馬鹿な」と思うかもしれない.しかし,残った彼らの心境はこうだ.こんな時代は長くは続かない,後数年我慢すれば元に戻るというのと,自分が生まれ育ったドイツを愛しているという気持ちがあったのだ.彼らはナチスドイツになるまでは,立派なドイツ人であったわけだ.なんとも皮肉な話である.

香田の住むアパートの管理人が,ユダヤ人の母子をかくまっていたことがわかり,ゲシュタポに連行される.そのとき,ユダヤ人の娘だけは連行を逃れ,香田がかくまう.手をつくしたことや,管理人さんが有名なオーケストラ団員だったため,なんとか釈放されるが,ユダヤ人の母だけは帰ってこない.

このユダヤ人の娘と恋に落ちる香田だが,危険きわまりない二人の関係はどうなるのだろうか.

弱者をいじめぬくナチスドイツ.しかし,普通のドイツ人には人道的な対応をして懐柔する,そのさまが良く描かれている.なんとも陋劣なやりかたではないか.