「ヒトラーの防具(下)」,帚木蓬生,新潮社

ヒトラーの防具(下) (新潮文庫)
主人公の香田は,いよいよ空襲の激しくなったベルリンに残っている.部屋にユダヤ人女性ヒルデをかくまいながら.ヒルデは,空襲になっても地下の防空壕に避難することができず,とうとうなくなってしまう.そのときに,香田に迷惑がかからないように隣にあったシナゴークまで怪我をおして移動したヒルデに,香田は涙を押し隠しながら遺体を埋める.

香田はヒトラーの特別護衛官にと依頼され,親衛隊員とともに行動する.脱出するヒトラーに付き従う香田だが,ヒトラーを逃げさせることができれば殺されることを感じ取る.また,親しい人々やヒルデが,ヒトラーのせいで死んでいったことに,一矢報いたいと考える.返送している,ヒトラーに一刀を浴びせ,右手を切断する.そのヒトラーと彼の愛人が,湖を渡る.そのときに飛来したソ連機によってヒトラーとその愛人の二人は,機銃でうたれ亡くなる.空襲から市街戦になったベルリンに戻った香田は,心静かに自分のマンションに戻り身を横たえる.すぐ隣の土中には,愛するヒルデの亡骸がある.

ここで,現代に話が戻る.結局,香田がWWIIで死んだのか,戦後生き残り東ドイツで生きたのか不明と言う形になっている.ここに思いをはせるとき,親しい人々が命を落としていき,日本大使館にいて情報を日本に伝えることやドイツに日本の言葉を伝える人々に近い場にいるにもかかわらず,自らに何もできないことにひどく自責の念をもったであろう.時代の大きなうねりの中で,個人の弱さがよくわかる.その中で,気高く生きる人がいることも事実である.自分の信念を貫いて弱者を救おうとし続けた兄,ベルリンに音楽を絶やさずいつの日かベルリン庶民に音楽を楽しんでほしいと願いながらずっと楽団で演奏し続けた管理人さん,ドイツを愛し続けたヒルデ,どの人もすばらしい.それに反して何もできなかった自分に,香田は申し訳ない気持ちでいっぱいであったろう.